大門坂

前回の記事では、大門坂入口まで進みました。

今回の記事では、熊野古道の中で最も有名な道のひとつでもある『大門坂』をレポートします。

前回の記事の最後に触れた鳥居をくぐり橋を渡ると、大きな杉の木が見えてきます。

こんな遠くからじゃないとカメラに収まらないくらい大きな木です。

この2本の杉の木は、『夫婦杉』と呼ばれています。

ちなみに、補陀洛山寺のクスノキと同じく、樹齢800年です!

大きさを伝えるために近くからも写真を撮ったのですが、なかなか伝わりそうにないので、 観光客の方々が通るのを待っていると、記念撮影をしてたのですかさず激写しました

2本ともとても太いです。根っこが道を絞るように杉がそびえ立っているのがわかります。

800年前と言うと、ちょうど鎌倉幕府ができた頃ですが、この石畳の作り方は「鎌倉積み」と言うそうです。

この石畳が坂の上までずっと続きます!これが意外とデコボコがあって硬いので足の裏にきます。

でも、うっそうと茂る杉林の先に続く石畳を歩きながら、 「昔の人もここを歩いたんやなあ」とか考えていると楽しいです。

そうこうしていると右側に、例の「九十九王子」の最後の一つでもある『多富気王子』を見つけました。

前々回、前回にレポートした王子跡には社殿がありましたが、ここには石碑しかありません。

隣にある解説を読むと、江戸時代には社殿があったそうですが、明治に熊野那智大社に移されたと書いてありました。

なんかでも、ちゃんと祀られてる感はビシビシと伝わってきます。

で、さらに進むと『大門坂』と車道が唯一接する場所が見えてきます。

ここにはバス停もあって、途中で無理だと思っても、バスで上ったり降りたりできて便利です。

「熊野古道」という凄くアバウトな名前のバス停です。

大型バスも待機していたので、ツアー観光客の方もここからバスを降りて下ったり上ったりしているようです。

ここから先は、けっこう上りがきつくなって道の先も見えるので、少ししんどくなりました!

階段部分が増えると足にきます。「もうちょっとやろ~!」と気合いで上ります。

また、途中には「唐斗石」という祈り石や「十一文関跡」という昔の関所跡がありました。

けっこう普通の大きめの石だったり、ホントに跡だけだったりしたので写真は省略します。

ひたすらのぼってやっとのことで到着しました!!

振り向くと坂の傾斜がきつかったことに気づいて、すごく上ってきたんやなあ~という実感が湧いてきます。

もともと、この場所に大きな門があって、そこで通行税をとっていたために『大門坂』という名前がついたそうです。

ちなみに今は跡形もない広場と、奥に坂が見えるだけで、上ってきてもウェルカム感があまりないです!

熊野那智大社が全然見えない!どこだ!?どうやらまだ先のようです。

ということで、今回は大門坂の出口までをレポートしました。

次回は大門坂出口~熊野那智大社までをレポートしたいと思います。